2021年2月11日木曜日

2021年度の大原ゼミ3年生へ

 みなさん、大原ゼミに来てくれてありがとう。

緊急事態宣言が出されたままなので、なかなか連絡がうまくいかないと思います。

学校で友達と会うこともできず、連絡が回らなかったり、いろんな情報が伝わらなかったり、

心配なこともあると思いますし、不安になることもあると思います。しかも、春休みはこれから4月まで相当長い時間を過ごすことになります。

この期間をどう過ごすかが、今後の皆さんの、大きく言えば人生に、目先のことを言えば、卒業に向けて、また卒業研究に向けて、大きな影響を及ぼします。この期間を利用して、少しでも前に進んでおきたいと思います。

ですので、時々、このブログで皆さんに語りかけます。

また、しばらくは、連絡もこのブログを通しておこないます。

ですので、時々、覗いてください。

卒業研究のテーマ

 卒業研究のテーマを考えてください。

メールで何がしたいか、どんなことに興味があるのか、教えてください。

急がんと、やばいで。

今年の卒業研究

 今年度は卒業演習を持っていなかったので、卒業研究の副査を十数本しました。

コロナ禍の中での卒業研究作成は、なかなか大変だったと思いますが、いくつか気が付いたことがあります。

一つは、インターネット上の情報量の多さです。もちろん、歴史を研究する場合、紙の本を利用しなければなりませんが、先にある程度、目星をつけたり、文章の有無を確認したりできることがわかりました。

 もう私の年代ではインターネットで必要な資料が見つかる本や場所を確認してから、資料を集めるという方法にはついていけませんが、今の大学生はインターネットでウィキペディアの参考文献や各種ホームページ、図書館や研究所で公開されている資料などを検索、参照しながら、どこに必要な資料があるかあらかじめ確認できる強みがあることに気がつきました。

 ただ、ホームページからのコピペで済まそうと言う姿勢もあるようです。

 研究論文では、まだインターネット上の文章を、特に史料をコピペして使用することは、ほとんど認められていません。ですから、インターネットでどこにあるかを調べて、紙の本から引用すると言うのが、正しいやり方だと(私は)思います。

  このような状況にもかかわらず、私が副査をした学生の中で落第点となった学生がたった一人しかいなかったのは、皆、卒業研究に真剣に取り組んだ結果として評価されると思います。

よくがんばりました。


2020年11月12日木曜日

大同窓会中止のお知らせ

 もともと、12月の第一日曜日にゼミのコンパと同窓会を開く予定でしたが、コロナ禍は収まる兆しが無く、持病を持つ私としては、中止せざるを得ないと考えました。

しかも、昨年から痛風の原因となる尿酸値と血圧に加え、とうとう血糖値までもが基準値を上回り、かかりつけのお医者さんからは、十分に気をつけるよう注意されています。

 授業もゼミ以外の講義は遠隔授業で資料配布と課題提出でおこなっています。

 久しぶりに皆さんに会いたかったのですが、残念です。

 神戸学院大学人文学部の様子もだいぶ変わりました。

 コロナが治る薬が開発されて、誰もが安心して集まれるようなったら、是非、大学散策と同窓会コンパをしましょう。

 追伸:このブログの内容を大原ゼミの卒業生に伝えてください。

  また、皆さんの近況をお知らせください。

2020年8月17日月曜日

大原ゼミの皆さんへ

 水曜日の午後、13時45分からズーム空けていますので、

遊びに来てください。

別に何かテーマがあるわけではありません。

みんなが、どう過ごしているのか、ダラダラ話しています。

後期、私のゼミに来る予定のない人もどうぞ。

勉強の話をするわけではないので、気軽にどうぞ。

三年生に、課題確認しました。

 課題確認して、コメントつけていますので、皆さんの方でも内容を確認してください。

今のうちに出来ることは、できるだけやっておきましょう。

2020年7月30日木曜日

不要不急の外出は自粛しましょう。

そろそろ夏休みですが、何か計画を立てていますか?
家の中で楽しめることを考えないと……。
アラビアンナイトか何かに、
  生まれてこのかた老人になるまで、自分の生まれた街を出たことのない老人がいた、王様はそのこと知ると、自分の城下町がそんなにも暮らしやすいのかと、喜び、その老人をよんで褒美を与えると同時にこれからも城下町から出ずに暮らすように申し付けた。
 老人はそれまで、街を出ようとも考えなかったし、街の外のことなど気にも留めなかった。しかし、王様から褒められると、なんだか街の外がどんなのか気になり出した。しかしながら、街から出ないように申し付けられていることもあり、出ることも叶わなくなってしまった。
 それから、老人は鬱々として毎日を過ごした。
という物語がある。
 「不要不急の外出は自粛せよ」という。では外出してもいい条件は何なのか不要不急の反対「必要緊急」な場合だろうか。また、この場合の不要不急というのは不要であり、かつ不急という二つの条件を満たさなければならないのか。
 不要の反対は必要なので、必要があれば外出しても良い。不急の反対は急ぐことだから、急ぐ時には外出しても良い。では、必要なのだけれども急がないときと、不要だけれども急ぐときはどうするのか、不要だけれども急ぐことと言うのは思いつかないので、外出しても良いのは、
必要であり、かつ、急ぐ時、
必要な時、
で、必要ではあるが、急がない時はどうすれば良いのか。
 つまり、出る用事があれば出ても良いという意味にもとれるのである。

 自粛の反対は、自ら慎まないことだから、自由奔放、好き勝手に振る舞うということになる。ただ、自らの反対は他人からだから、他人から慎むよう諭されることも、自粛の反対になるかもしれない。
 つまり、人からどうこうとは言わないけれど、もし、あなた方が外に出ないほうがいいと思うのなら、出なければいいし、そのへんは他人である私は何も言いませんよ。という意味にもとれる。ので「不要不急の外出は自粛せよ」という意味は、「自分で考えてください」「私は出てはいけないとは言っていません、あなたが出たいならどうぞ。」という意味にもとれるのである。

 このことが理解できるかどうか、そこに民度の差が出るのかもしれません。